結婚相手として避けたい人

結婚を、こどもを生む手段と考えた時代があったことは、そのぱあい、妻はこどもを生む道具でしかありませんでした。今日でも、それと似た結僻もないわけではありません。
結婚生活を、こどもを生み育てるための手段としか考えない結塒かそれです。このばあい、妻はやはり、こどもを生み育てる手段にすぎないことになります。
夫はこどもと、こどもの母親を認めても、妻は認めません。そういうばあい、結婚生活は手段にすぎず、そこに其の結婚生活がありえないことは明らかである、といわなければなりません。
男だけでなく、女にも、結婚生活を手段としか考えない例がみられます。もっとも多いのが、結婚生活を生きてゆくための手段と考えるばあいでしょう。
こういうばあい、夫は、たんなる扶養者またはかせぎ手としかみなされないことになります。結婚生活をこどもを生み育てるための手段としか考えない女性もあり、そのぱあいにも、夫は、たんにこどもの父親としかみなされないことになります。
家族の機能として育児があることは、まえに述べたとおりです。しかし、結婚は育児の機能をはたしさえすれば、それですむものではありません。夫は、こどもの父であると同時に夫でもあり、妻は、こどもの母であると同時に妻でもあってこそ、はじめて結婚生活が完全なものとなるのです。結婚を完全なものとしようとおもうなら、このじじつを忘れぬようにすることが重要です。
何であれ、結婚や結婚生活を手段としか考えないような相手は、できるかぎりさけるのが賢明だということになりましょう。
もうひとつ、結婚を手段としか考えない相手ほどではなくても、できるだけさけたい相手について、述べることにしましょう。それは、生活階層の差が大きい相手です。
現代社会が、階層の差を縮小させつつあることはじじつであり、いまさら階層をもちだすのは、いかにも古い感覚だと考えるひともいるかもしれませんが、現実の問題としては、やはりこの点を無視するわけにはゆきません。
出会いはここ→に、たくさんあるので、相性が合う人がきっと見つかります。

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夫婦の問題

わたしはわかりきったことを書いている。あなた方はバカくさいというかもしれません。しか
し、ちっともバカくさいことではないのです。夫婦の問題は日常的な問題です。それは些末な問題
なのです。些末であるからもっとも重大な問題なのです。ある外国人の表現をかりれば、夫婦の
いっさいの事がらは、「重大な些末事」なのです。結婚とは小さな、とるに足りない事がらが大き
な意味をもち得る世界であり、小さな事がらが大きな意味をもち得る世界とは、「心理」が「事実」
よりもいっそう大きな力をもっている世界だということにほかなりません。こういう特別な心理
をここで細かに叙述する余裕はありません。多くの小説が、じゅうぶんにそれを描いていると恩
われます。

結婚の中心問題である性のことにふれておきましょう。性は男と女にたいして、その意味を異
にしています。女にとって性はあきらかに負担です。男と女とくらべて、性は女性にとっていっ
そう大きな意味をもっているのです。月経、妊娠、哺乳、育児lこれらはすべて性につながる
女の世界のできごとです。男にとっては、性とは欲望の満足であり、エネルギーの放出であり、
愛情のひとつの表現にすぎません。
コミュニケーションは非常に重要ですので、
これからここで→結婚相談所 比較 出会う結婚相手とはコミュニケーションを途切れないよう気を付けましょう。
わたしはいつも考えるのですが、もしある種の動物のように、人間もまた雌雄同体であり、あ
るいはあるときは雄、あるときは雌であるというふうであったとしたら、性にたいする夫婦の観
念はまるっきりちがってくるはずです。とにかく一般的にいって、男性である夫は、性をシリア
スに考えません。避妊とか妊娠中絶とかいったことについて、夫と妻との感ずる気もちはぜんぜ
ん異っているでしょう。あるいはまた夫は、彼が男性であるがゆえに、妊娠中の妻の気持をぜつ
たいに理解することはできません。同様に多くの妻も、夫の性的欲望の強さや気まぐれをじゅう
ぷんに理解することはできないのです。夫婦というものは、異った生理と心理をもって、共通の
性生活を体験しているのです。
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夫婦の生活

夫婦の生活は分業の上になりたっているために、それは共同の世界をかたちづくると同時に、
またおなじ理由によってふたつの別個の世界という意識をつくりだします。その上、夫婦は男と
女なのです。多くの点で、あなた方二種の人間は、感じ方、考え方、表現のしかた、行動のしか
たを異にするでしょう。ふたりはふたりが異っているがゆえに結ばれているのだともいえるし、
異っているから永遠に結ばれ合えないのだともいえます。
もし、ここで→結婚相談所 選び方 出会った相性が合う人と結婚しても仲が悪くなったら
ここを思い出してください。

たとえば、あなた方夫婦が夕食の食卓に坐っているぱあいを考えてみて下さい。わかりきった
ことですが、食卓にある食物は、直接には妻であるあなたの労働の結晶です。そして間接にはあな
たの夫の労働の成果です。だからといって、あなた方ふたりは、おなじ味覚をもって天プラなら
天プラを食べるでしょうか。その天プラはあなた方ご夫婦の分業の結果にはちがいありません。
けれども、あなたの夫は今夜の天プラを食うために今日一日働いたのではありません。ところが
一方、妻であるあなたは、今夜の天プラを食べるために、夕食前の幾時間か働いたのです。「今夜
の天プラは美味い!」というひとつの批評は、夫のぱあいと妻のぱあいとではちがうのです。今
夜の天プラは美味い、lあなたの夫がこういったぱあい、あなたの夫は、じぶんの一日の労働
の成果に対する批評をいっているのではありません。あなたの労働の成果について批評している
のです。しかも、それにもかかわらず、夫であるじぶんがかせいだ金によって、この天プラは元
来つくられ得たものなのです。

026

結婚特有の接し方

多くのぱあいlいや、大部分のぱぁい、あなたたち夫婦はいつのまにか一種のあきらめの心
理に到達するでしょう。そして、これが結婚というものなのだ。これが夫婦というものなのだII
あなた方は、ときどき自分じしんにむかってこう説明してきかせるでしょう。結婚の心理は時
間をかけて到達するあきらめの心理だともいえます。このぱあい、あきらめとは善い意味でも悪
い意味でものそれなのです。じっさい、あなたやあなたの夫が、いっさいのあきらめをダカッの
ように憎んだとしたら、あなたたちの結婚の過半はくずれさってしまうと思います。
あなた方ご夫婦はいっしょに生活し、日々接触しているわけですが、その接触のしかたには、
結婚特有のしかたがあることにお気づきでしょうか。それは、分業という接触のしかたなのです。
だが、分業という言葉を、ふつう、われわれは結婚生活については口にしません。そのかわり、
われわれはおぎない合うとか助け合うとかいった言葉でこれを呼んでいます。けれどもおぎない
合うとか助け合うとかいう言葉よりも、分業のほうがいっそう正しいように思われます。
素敵な結婚相手を出会い系 サクラいない で、見つけても結婚後に問題は発生した場合、
ここに書いてあるように意外と改善に手間がかかります。気を付けましょう。
分業というものは、これを社会関係としてみれば、結合と同時に分離を生むものです。あなた
方夫婦は、日乾いとなむ生活のちがいのために、つまり分業のために、一方ではふたりはおぎな
い合っているのだと考えるでしょうし、同時に他方では、だから夫婦は別ものだという意識をも
つでしょう。もちろん、夫婦の生活が調和して行われているぱあいには、あなた方は分業の意識
をほとんどもつことがないかも知れません。けれどもひとたび、夫婦の間になにかの不協和音が
でてきたとき、あなた方はたちまちこの分業について意識するにちがいありません。あるいは意
識するばかりでなく、これを当然と考えまたは不当であると考えるでしょう。私だけが働いてい
る!俺はこんなにもアクセク働いているのに!といつたふうに。

025

結婚の心理

結婚の心理は、だから恋愛のぱあいのように、もっぱら愛情だけの心理ではないのです。むし
ろ、それはふたつのちがった習慣がどのように調和するか、または逆に反接するか、にまつわる
心理の問題だともいえます。ところで、やっかいなことに、ここに愛情というものが割りこんで
きて、これらの心理のうごきを支配しようとするのです。その意味で、結婚の心理は、愛情と生
活習慣とのたたかいだといえるかもしれません。

あなたは、なにかのはずみに、なんだってあなたの夫とこうやって結婚しているのだろう?
という深い疑問にとりつかれたことはありませんか。しかし、なぜ、こうした気持におそわれる
のでしょうか。結婚に目的がないからなのです。結婚には重要でかつ明白な目的というようなも
のはひとつも存在していないのです。たとえば、一定の職業生活と結婚生活とをくらべてみて下
さい。職業生活にはひとつの職務をやりとげるという目的があるの婿結婚生活には、そういっ
たものは何ひとつないじゃありませんか。
結婚前にで、相性ピッタリの相手を見つければ結婚生活の苦労はもっと減るだろう。

しかも、あなたは、あなたの夫となぜ結婚しているのかという疑問を瞬間心に思いうかべたと
しても、けっしてこの疑問にいつまでもかかずらっていることはないでしょう。かかずらったと
しても第一、それが徹底的に解決を与えられる問題ではないからです。そこでどうなるか?

024

結婚とはなにか

いったい結婚とはなにか?

結婚とはいままで生活(習慣)のちがっていた一対の男女が、もっとも密接な共同生活によっ
て、あたらしいlつまり、ふたりの共同生活に都合のいい生活をきずきあげてゆこうとするこ
とです。といったところで、このあたらしい習慣を、ふたりが意識して計画的につくりあげてゆ
くのではありません。大部分のぱあい、むしろ逆に、ほとんど計画的には行われないのです。
そこでじっさいのところ、結婚とともにはじまるさまざまの生活は、ちっともあたらしいもの
ではなくして、結婚以前に、ふたりが身につけていたものの延長ということになりやすいのです。
つまり、結婚とともに、あたらしい生活がはじまるのではなく、むしろ、ふるい生活が、いやお
うなしに修正され変更されてでてくるにすぎないのです。そして、それだからこそ、結婚におい
ては夫婦が適応しあうということが、もっとも根本的な問題になってくるのです。

じっさい、過去において身につけてきた習慣の力は、しばしば夫婦の愛情よりもいっそう力強
いものです。たとえばあなたの夫が、夜、窓をあけっぱなしで寝るとします。あなたはそれに抗
議するでしょう。そして、そのことで、夫の愛情をうたがうかもしれません。しかしこれは愛情
の問題でなく、本質的には過去の習慣の問題にすぎないのです。それにもかかわらず、いったん
この問題窓をあけるかしめるかという重大な些末事についてあなた方の意見かくいちが
うやいなや、それは途中で愛情の問題にきりかえられてしまい、必要以上に面倒なことになりやすいのです。
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